2023/08/24 20:14

ご好評いただいている「オーナーの独り言」シリーズ、前回はソックリ曲特集はなかなかの反響でした(笑)。第3弾は私がロックに目覚めた日本の大好きなロックバンドを4つほど紹介したいと思います。勝手に4大バンドと総称させていただきました!

そもそも小学6年生くらいからロックに興味を持ちはじめ、中学に入ると音楽の話をする友達も増えたためか、情報があらゆる方向から入ってきました。まずギターを弾ける部活に入ればロックが出来ると思い、「フォークソング・クラブ」なるものに入部します。そこで出会ったのが井上陽水、かぐや姫、吉田拓郎、赤い鳥、五つの赤い風船などでした。ただ、曲は素晴らしいのですが、激しさが足らずロックに飢えていたわけです。実はこの時点ですでに洋楽デビューはしていました。初めて自分で買った洋楽アルバムはEL&Pの「恐怖の頭脳改革」で、ディープパープルの「マシン・ヘッド」と迷った挙句でした(苦笑)。しかし、日本にも素晴らしいバンドはいると確信し、邦楽バンドにも手を伸ばしたわけです!

① CAROL
私が中学1年の時にバンドは解散をし、アルバム「燃えつきる=キャロル 1975.4.13」をタイムリーに購入しました。まず、ブっ飛んだのはその演奏力です。そして矢沢永吉とジョニー大倉の二人が交互に歌い、コーラスが素晴らしい!それまでいくつかのバンドを耳にしましたが、コーラスがキマッているバンドってなかなか無かったはずです。それとナント言ってもそのコスチューム!革ジャン、革パン、ブーツにリーゼント!もう全てに憧れました。

後でわかることですがCAROLはビートルズに多大な影響を受けており、この時点ではビートルズを聞いていませんでした。ビートルズよりEL&Pの方が魅力的だったのです。数年してから”Slow Down"や”You Really Got A Hold On Me”をビートルズの方が先に演奏していることに気づいた程でした(苦笑)。また、CAROLには親衛隊のようなCOOLSというイカした集団が常に付いており、ボディーガードのような役目をしておりました。ストーンズで言う、ヘルス・エンジェルスのような感じです。このCOOLSも後にバンドデビューを果たします。
そしてここから私のE.YAZAWAへの熱は永遠に続いていくのです!


②外道
しかし、CAROLより更にハードなバンドはいないかといろいろ聞きました。CREATIONなどもその一つです。ある日、仲のいい友人が「外道って知ってる?」と言ってきました。なにやら文化放送でディスクジョッキーの土井まさるのラジオ番組で、外道が公開録音をするらしいけど行かないかと誘いを受けました。もちろん快諾し、参加ハガキを手に当時四谷にあった文化放送のスタジオに行きました。スタジオに入るとアンプとドラムセットがセットアップされていて、ドラムの後ろには赤い鳥居が立っていました(笑)。もうこれだけでこのバンドは何かが違うと確信したわけです!

そして演奏がスタートすると、まさに私の求めていたハードロックでした。しかも歌詞は卑猥なモノから何を言っているか分からないモノまで、バラエティーに富んでいましたが、もうカッコいいの一言でした。特にギターの加納秀人のコスチュームは今までにない日本的で超派手な衣装だったのです。アルバム「外道 拾得ライブ」はレコードが擦り切れるまで聞きましたね。またこの時代、外道のライブを3回ほど観ています。このスタジオライヴと相模原市民会館、吉祥寺・曼荼羅の3公演です。そしてCAROL同様、この外道にも外道という暴走族がよく帯同していました。これが怖かったのを今でもよく覚えております(笑)


③ カルメン・マキ&OZ
日本のバンドを聞きつつ、一番好きであるEL&P、YES、PINK FLOYD、KING CRIMSONなどのプログレは常に聞いていたわけです。一方で日本にもハードなサウンドでありながら、プログレッシヴな雰囲気を漂わせているバンドは居ないかと常に探しておりました。ある日馴染みのレコード屋に行くと、新発売の棚にカルメン・マキ&OZの「閉ざされた町」が飾ってあり、そのジャケットがまさにプログレだったんです。視聴させてもらうと1曲目で買うと決めました!後日、お小遣いを持って購入したのを覚えております(笑)。

当時、マキは20代半ばであったと思いますが、とても大人の綺麗な人で惚れておりました(笑)。しかし、その歌唱力とバンドの演奏力は海外のバンドにも引けを取らない凄まじさを持っていたのを当時から感じておりました。私はカルメン・マキ&OZのライヴはこの時代、1度しか観たことがありません。1977年10月の新宿厚生年金会館でのライヴですが、この時はこの日のライヴで解散すると知りませんでした。と言うか発表されていなかったと思うのです。そしてその40年数年後に復活したバンドを観られるとは夢にも思いませんでしたネ(泣)。


④ BOW WOW
高校生になる直前、このBOW WOWが物凄く話題になりました。トラックの荷台をステージに改造し、どこでもライヴが出来るバンドが現れたというわけです。しかもバンドが合宿していた場所が、私の地元の福生の近くだったこともあり、物凄く親近感が湧いたのです。サウンドは英詩もありのハードロック。しかも、ギターは超絶テクニックと当時の邦楽バンドの中では異例の表出の仕方だったと思います。

初めてのバンド・ライヴは確か1977年3月に八王子市民会館で、そのあとすぐKISSの前座で再び観てあまりに気に入ったので、ここから立て続けにライヴを観に行ったのです。そしてセカンドアルバム「シグナル・ファイヤー」が出るころには、なんとファンクラブにも入会していたのです(笑)。当時、男性ファンもいましたが明らかに女性ファンの方が多く、初めて行われたファンミーティングには100人近く参加した中、男性は私を含めて4~5人だった恥ずかしい記憶があります!
バンドはこの数年後にPOP路線に変更してしまい、おのずと観に行かなくなってしまいましたね。


4つのバンドにいえることはどのバンドも強烈な個性を持っていました。歌詞やサウンドを聞いただけでわかってしまう凄さがあったのです。当然、この後にNOVELA、JOHNNY,LOUIS&CHAR、紫、CONDITION GREEN、SILVER STARS、山本翔、ARB、TENSAWなどといった凄いバンドとの出会いがあります。でもこの4バンドがあったからこそ、この時代に日本のロックバンドに熱くなれたわけなんですね。

先日、日比谷野外音楽堂で1977年7月に開催されたNEW WAVE CONCERT」の再現ライブがあり、Char、BOW WOW、紫が一同に集まりライヴを行いました。私は77年にも参戦してましたから、もちろん観に行きました!ノスタルジーで泣きそうになりましたが、まだまだ現役で演奏してるアーティストがいてくれる事に感謝ですね!!

最後にこのアルバムだけは是非、聞いてみてください。日本のロック夜明け前そのものですから!

① 燃えつきる=キャロル・ラスト・ライヴ!1975.4.13 / CAROL
② 外道 / 外道
③ 閉ざされた町 / カルメン・マキ&OZ
④ 吼えろ! / BOW WOW